展示

12 名古屋市の成立と近代産業

明治政府は、明治10年(1877)頃までに学制・徴兵制・地租改正などの新しい制度を整えた。それ以後は、近代産業の育成に力を注ぎ、官営工場の払い下げ、鉄道の整備などを行った。名古屋も維新後しばらくは、城下町以来の消費都市から抜けきれなかったが、明治22年の市政施行の前後から、繊維業などの近代工業がおこってきた。

名古屋市の成立と近代産業展示風景

12-1 名古屋市の成立

明治4年(1871)、廃藩置県により、名古屋県が成立した。翌年愛知県と改称し、さらに、額田県を合併し現在の県域となった。旧名古屋城下は明治11年、名古屋区に、22年には名古屋市となった。市政施行当時の人口は16万人弱、市域は13平方kmで現在の24分の1であった。その後、明治40年の熱田合併、大正10年(1921)の隣接16町村編入などにより、市域は次第に拡大していった。

名古屋明細図(なごやめいさいず)

名古屋明細図
(なごやめいさいず)

12-2 近代産業のおこり

政府の殖産興業政策によって、明治20年代には紡織業を中心とする第一次産業革命が始まった。名古屋でも城下町以来の豪商によって、名古屋紡績・尾張紡績などの工場ができた。そのほか織物・陶磁器・七宝・時計・織機などの工業もおこってきた。また工場では、電力やガスを動力源として利用することによって、大量生産が可能となった。

G型自動織機(じーがたじどうしょっき)

G型自動織機
(じーがたじどうしょっき)

12-3 博覧会

明治以降、政府の殖産興業政策をうけ、各地で農産物・工業製品などを展示する博覧会・共進会が開かれた。名古屋に大きな影響を与えたのは、明治43年(1910)、鶴舞公園を会場とした第十回関西府県連合共進会である。見学者は、のべ260万人にもおよんだ。昭和12年(1937)には、戦前では日本最大の名古屋汎太平洋平和博覧会が開かれた。

名古屋博覧会物品目録(なごやはくらんかいぶっぴんもくろく)

名古屋博覧会物品目録
(なごやはくらんかいぶっぴんもくろく)