展示

6 中世の尾張

鎌倉幕府は、守護・地頭を地方に置き、次第に全国に対する支配力を強めていった。尾張の守護は、鎌倉・南北朝時代には短期間に変化したが、室町時代になると斯波氏に固定し、そのもとで守護代となった織田氏が尾張を支配した。尾張には約100カ所にのぼる荘園が成立したが、守護や地頭は次第に荘園領主から支配権を奪っていった。

中世の尾張展示風景

6-1 荘園の世界

8世紀中頃、律令制度の土地公有の原則がくずれると、中央の貴族や有力な寺社の私有地である荘園が各地に成立した。尾張でも皇室や摂関家の荘園、東大寺や醍醐寺の荘園ができ、国司の支配する公の土地(国衙領)とともに中世の基本的な土地単位となった。南北朝時代になると、地方の寺社に近隣の武士などから土地が寄進され、寺社の所領が形成された。

富田荘絵図(とみたのしょうえず)

富田荘絵図
(とみたのしょうえず)

6-2 仏教と民間信仰

平安時代末から鎌倉時代にかけて、新しい仏教宗派が次々とうまれた。浄土宗系では、浄土宗・浄土真宗・時宗、禅宗系では臨済宗・曹洞宗、その他に法華宗がある。これらはいずれも民衆の救済を唱える点で共通し、布教にもわかりやすい方法がとられた。また、地蔵菩薩に対する信仰が民間にひろまり、鉄地蔵・石仏などがつくられた。

一遍上人立像(いっぺんしょうにんりゅうぞう)

一遍上人立像
(いっぺんしょうにんりゅうぞう)