展示

常設展フリールーム

没後200年 余延年

令和元年11月27日(水曜)から12月22日(日曜)

 余延年(よえんねん、1746年から1819年、通称は山口九郎左衛門)は、江戸時代の後期に活躍した尾張の人物です。百済国余璋王の末裔を自称して「余」の姓を名乗りました。知多郡大高村(現緑区大高町)で酒造を営みながら、篆刻(てんこく、印章を彫ること)をはじめ、俳諧や作陶など諸芸に遊びます。とりわけ篆刻の技は評判を呼び、全国から印章の注文がありました。今回は、余延年の没後200年を記念し、印章を中心に俳諧資料や陶磁器を展示することで、多才な文人の姿を紹介します。

1.篆刻

 篆刻(てんこく)とは、石などの素材に篆書(てんしょ)を刻み、印章を制作することです。中国の影響を受け、江戸時代以降、日本でも篆刻を得意とする人々が登場しました。

大小さまざまな印章の集合

「山口家伝来印章群」個人蔵

 延年は、「印聖」と称えられた京都の高芙蓉(こうふよう)からその技を学びます。本章では、余延年が制作あるいは使用した印章を紹介し、その特徴を見ていきます。

つまみの部分が亀の造形である印章

「山口家伝来印章群」個人蔵

2.俳諧

 余延年は、「墨山(ぼくざん)」の名前で、俳諧にも親しみました。松尾芭蕉が詠んだ俳風の復興を目指す名古屋の久村暁台(くむらきょうたい)に師事し、暁台の死後は井上士朗(いのうえしろう)に就いて精進しました。墨山は大高の社中を代表する俳人として活躍しています。ここでは、著名な俳人と墨山との交流が分かる資料を中心に紹介します。

老人9人が輪になって書画に遊ぶ様子

山口墨山他句 横井金谷画「尚歯会図」館蔵

3.作陶

 余延年は、大高の猪根山(いのねやま)の窯で焼かれた大高焼にも関与していました。そこでは瀬戸の陶工が瀬戸焼と相似た雑器を制作していました。ところが、余延年記銘の作品は作風が異なり、京都の陶工を呼び寄せ焼かせていたと推測されています。今回は、余延年が制作に関与したと思われる絵皿、および磁器で制作された印章を紹介します。

白い長方形の平皿に山水画と漢文の賛が染め付けされている

「山水図絵皿」個人蔵