展示

常設展フリールーム

中国明清の絹織物

  • 10月26日(水)~12月4日(日)

  中国絹織物の歴史はたいへん古く、浙江省(せっこうしょう)湖州市の銭山漾(せんざんよう)遺跡で出土した、約4700年前(新石器時代晩期)の平織り絹織物が世界最古の絹織物とされます。戦国時代~前漢には、歴代の都が置かれた黄河中・下流地域のほか、長江下流地域や山東半島、西南内陸部の四川などで養蚕・絹織物業が盛んになりました。やがて四川省成都の「蜀錦(しょくきん)」が高級絹織物で有名になりました。

 三国時代~南朝に蘇州や南京で現れた絹織物は、元王朝の頃には「宋錦(そうきん)」・「雲錦(うんきん)」と呼ばれ、四川成都の蜀錦と並んで中国絹織物の三大高峰という名声を得るまでに発展し、長江下流域一帯は高級絹織物の一大生産地となりました。

 明王朝・清王朝では、高級絹織物は「北京内職造局(ぺきんないしょくぞうきょく)」と、江南三織造局(こうなんさんしょくぞうきょく)すなわち、南京に置かれた「江寧織造局(こうねいしょくぞうきょく)」、杭州の「杭州織造局(こうしゅうしょくぞうきょく)」、蘇州の「蘇州織造局(そしゅうしょくぞうきょく)」で生産されました。これらの絹織物には皇帝・皇室用は江寧と北京、貴族・官吏用は杭州、王朝の贈答品用・需要時の増産用は蘇州というように、品質や用途ごとの主力となる織造局が分担されていました。

 明・清代の絹織物工芸の最大の特徴は、「斜身式大花楼機(しゃしんしきだいかろうき)」という機織機(はたおりき)の登場です。斜身式大花楼機は、機体に傾斜をかけた斜身式織機(しゃしんしきしょっき)の一種で、超大型の機織機です。斜身式織機は、それまで使用されていた「平身式織機」では完全に工人の力だけでおこなっていた緯打作業(横糸を打ち込む作業)の効率性・均一性を大幅に高めましたが、その改良発展型である斜身式大花楼機によって、より高級な絹織物の生産が可能になりました。

 さらに、斜身式大花楼機は、もともと複雑な高級絹織物の工程中にさまざまな大きさ・数の柄や色彩を織り込む高度な技術である「粧花(しょうか)」を可能にしました。粧花は、従来の平身式織機ではできなかった技術で、「地緯(じぬき)」(織物のベースになる横糸)の上に「彩緯(いろぬき)」(十~数十色の色横糸)を織り込むことで、限りなく多様かつ華麗な色彩と柄を施し、同時に織物の丈夫さを高めました。この粧花の技術水準は南京が最も高いとされています。粧花は高度な技術と製織時間の膨大な長さを必要とすることが課題ではありますが、しかし一方でそれが明清の絹織物をたんなる高級織物にとどまらせず、芸術作品にまで押し上げることになりました。

 中国明清の絹織物は、このような高度かつ複雑な機織り(はたおり)や刺繡(ししゅう)の技術を駆使した、工芸の最高潮に達した作品といえます。本展では、名古屋市博物館が所蔵する「松坂屋コレクション」の織物から、中国明・清王朝で作られた絹織物を展示します。中国明清の絹織物の華やかなデザインと細やかな技術をお楽しみください。

大花楼機

大花楼機(だいかろうき) [明]宋應星(みん そうおうせい)『天工開物(てんこうかいぶつ)』より

藍地刺繍金線龍袍

藍地刺繍金線龍袍(あいじししゅうきんせんりゅうほう)館蔵(松坂屋コレクション)