展示

常設展テーマ10

祭り・見世物・つくりもの

  • 7月14日(火)~9月13日(日)

 江戸時代後期、対象を別の何かで見立てる細工、「つくりもの」が流行し、祭りや見世物に登場しました。名古屋でも、文政2年(1819)の七寺(ななつでら)と3年の清寿院(せいじゅいん)で興行された籠細工は大流行し、以後、つくりものの見世物が盛んに行われるようになります。

 特に文政3年の籠細工は、大坂の一田庄七郎の手によるもので、大トリを飾った関羽は高さ二丈六尺(約8メートル)の巨大なものでした。この興行は名古屋でも大ヒットし、この籠細工を真似たつくりものが、天王祭や馬の塔(うまのとう)といった祭礼に登場するほどの人気でした。

『新卑姑射文庫』二編 関羽の籠細工

『新卑姑射文庫』二編 関羽の籠細工

『新卑姑射文庫』二編 熱田馬の塔

『新卑姑射文庫』二編 熱田馬の塔

 では、つくりものが登場する祭りに目をむけてみましょう。天王祭は夏の名古屋城下の町々で行われ、特定分野の材料一式で製作する一式形式のつくりものが多く登場します。文政3年6月の正万寺町では、芦を刈る異国人と虎にまたがる僧の籠細工を真似たつくりものが家の店先に飾られました。異国人の顔は、ひょっとこのお面、虎は張り子のおもちゃ。上に乗るのは達磨といった具合で、籠細工の優れた造形に対して、身の回りの玩具で見立てることで、本家籠細工とのギャップをおもしろく強調しています。

『新卑姑射文庫』二編 異国人と僧の籠細工

『新卑姑射文庫』二編 異国人と僧の籠細工

『新卑姑射文庫』二編 正万寺町の籠細工

『新卑姑射文庫』二編 正万寺町の籠細工

 そして、天王祭の他にも、人間が仮装してつくりものの一部となることがありました。飾り付けた馬を寺社に奉納する馬の塔という行事で、規定の飾りを用いる本馬ではなく、思い思いの衣装と自由な発想で行列する俄馬に登場しました。文政3年に籠細工が流行した時、5月5日に熱田神宮に奉納された俄馬の行列では、体に籠目を描き、笊や籠の日用品を身につけて籠細工になりきった人々が登場しています。

 つくりものは見世物や祭りを通して、江戸時代の人々には身近な存在でした。人々は、すばらしい出来映えを競うだけでなく、本物と異なる意外なもので見立て、ギャップを楽しみました。そんなつくりもののおもしろさは現代の私たちにも通じるのではないでしょうか。

 さてさて、博物館では、どんなつくりものが皆様をお待ちしていますやら…。乞うご期待。

尾張名所図会 前編巻之二.「上畠裏天王祭造り物」

尾張名所図会 前編巻之二.「上畠裏天王祭造り物」