展示

常設展フリールーム

江戸時代の墓石

会期:令和2年12月15日(火曜)から令和3年2月21日(日曜)

 平安時代末期、高僧や武士などの埋葬場所の目印として始まった墓石は、江戸時代には広く人々に普及しました。墓域や墓地全体の景観も整えられるなど、現代につながる墓制が確立していきました。
墓石の形や大きさ、刻む文字は多様で、故人への供養の気持ちが込められています。さらには地域性、階層性、宗教性、時には故人の生前の遺言なども反映されました。墓石は、当時の社会を生きた人々のさまざまな情報を現代に伝えてくれます。
本展示では、館蔵品や市内における江戸時代の墓石と墓地の出土品を紹介します。

江戸時代の墓石の特徴 ―形と文字―

 江戸時代の墓石は塔形・碑形・方柱形などさまざまな形をしています。細部の特徴や大きさはそれぞれ異なり、身分・階層や経済力などを表しています。碑形や方柱形といったシンプルな形の墓石は庶民にまで普及し、藩主や上級藩士は大型の碑形や塔形などを墓石としました。
墓石に戒名や没年月日などの文字を刻むことが一般化したのは江戸時代以降のことです。故人の業績や建立者などを刻んだ例もあります。墓石の文字をみることで、その墓石に関わる人々の思いがみえてきます。

上部を三角に尖らせた板状の墓石

板碑 寛永2年(1625)銘 館蔵

宝珠形、半円形、三角形、円形、方形にかたどり組み合わせた墓石

五輪塔 寛永6年(1629)銘 館蔵

墓域と埋葬施設

 江戸時代には、墓域や埋葬施設のあり方も変化しました。墓石を台石上に据え、手前に花立や水鉢などを置くようになりました。
発掘調査から、土葬や火葬が行われ、木棺や陶磁器製の蔵骨器などが用いられたことがわかります。傍らには、六連銭や数珠に加え、生前の愛用品などが副葬されるようになりました。墓域や多種多様な副葬品から、当時の供養の様子がうかがえます。

墓地にある石造物

 墓地には、供養の場であることを意識した石造物が建てられました。墓地や寺院の入り口にたたずむ六地蔵や三界万霊の碑・塔などはその代表例です。「三界万霊」や「村中安全」などの造立趣旨が刻まれ、江戸時代中期以降、個人や講などのグループあるいは村によって盛んに建立されました。

「三界万霊等」と正面に刻まれた碑形の石造物

三界万霊碑 寛保3年(1743)銘 館蔵