コレクション

MW35式プロペラ・・・終末期の軍用木製プロペラ

三菱大江工場で開発された海軍の練習機

 三菱重工業名古屋航空機製作所(名古屋市南区・大江工場)で設計・生産された海軍の九〇式機上作業練習機(機体略番K3M)用の木製プロペラです。プロペラとしての型式番号はMW35で、全長は2750mm、重量は17.04㎏、2翅(し)の羽根(ブレード)を持ちます。

 通称「キサレン(機作練)」と呼ばれた九〇式機上作業練習機は、昭和5年(1930)に初飛行に成功し、翌6年(1931)、海軍に制式採用されました。「九〇式」という名は、試作機の完成した昭和5年が皇紀2590年に当たることから、その下二桁「90」を取って命名されました。

 生産には三菱・渡辺鉄工所(九州飛行機)・愛知時計電機(愛知航空機)があたり、計624機が製造されました。世界初の作業練習機であったとされるこの機は、室内が広くて使い勝手も良いことから、飛行機としては旧式化して後継機が採用された後でも長く使われ続け、終戦を迎えました。

 機上練習とは「操縦士(パイロット)」と共に乗り組む「偵察員」の作業(射撃や爆撃、偵察、通信など)訓練のことです。戦争において飛行機がますます重要な役割を果たすようになり、その多岐にわたる偵察員の作業の練度の高さが求められたことから、これらの訓練を一機でまかなえる便利な機体の開発をすでに昭和3年(1928)、海軍が三菱に対して指示していました。

金属製プロペラへの過渡期に

 さてこの練習機が飛び始めた頃は、改良を重ねてきた木製プロペラに加えて、金属製プロペラが日本に登場し始めた時期にも当たります。数年後、零式艦上戦闘機(零戦。ゼロ戦)の開発が堀越二郎技師によって同じ大江工場でスタートした昭和12年(1937)にもなると、軽量で高性能な金属製プロペラが主流になります。零戦は設計当初からアルミ合金製プロペラで開発されました。

 金属製にうつりかわる頃の木製プロペラは、クルミなど堅く良質な木の板を多数、接着剤で圧着した歪みの出にくい成形材を削り出して作られていたので、表面に漆とみられる塗装が施されたこの個体でも、塗膜を通してうっすらとその積層の一枚一枚の板の筋を見ることができます。製造後90年間屋外の物置の梁の上に放置されてきた今でも、木材に起きがちな歪みを全く感じさせず、見事な精度を維持しています。

 超高速回転時でも振動を起こさず性能を保持できるよう、極めて精密な工作精度が要求されるプロペラは、木材合板加工技術に秀でていた日本楽器(現在のヤマハ発動機)のような会社で作られることが普通でした。このプロペラも三菱の自社工場製造品ではなく、そうした会社から納入された物だと考えられます。

 各所に「型式MW35」「昭和6.5.20」「九〇式機上作業練習機」「ヒ式300HP」など様々な刻印が打たれており、このプロペラが昭和6年5月、まだ制式採用以前の試作機段階に作られた物であることを知ることができます。

 プロペラの羽根(ブレード)の回転方向の縁には、緑青を薄く吹いていて真鍮と考えられる波型の薄板が、やはり真鍮製とみられる鋲で丁寧に貼り付けられています。当時はこの板が金色に輝き美しかったことでしょう。この工作は高空飛行時、回転に重大な悪影響を及ぼす着氷を振り落とすためと、自機からプロペラ越しに発射する銃弾からブレードを保護するための工夫です。鋲は頭を板と同一平面にまで研ぎ落され、氷の固着や空気抵抗をより減らす加工が施されていますが、この工夫は後の零戦で多用された「沈頭鋲」と同様のものです。

 中心部(ハブ)にはエンジンの動力を伝える軸(シャフト)を通す大きな穴と、プロペラ固定用のボルトを通すための8つの小穴が空けられています。これらの穴と周辺を観察する限り、使用された痕跡は認められません。

「もう木製プロペラの時代ではない」

 この個体は、戦前、大江工場で働いていた寄贈者の叔父(福和氏。故人)が会社から持ち帰った物です。「もう木製プロペラの時代ではない」と、会社から希望する社員に有償で払い下げられたとのことです。おそらく、予備部品として保管していた物が、この練習機の初期の改良による高出力エンジン化や、より高品質な金属製プロペラの全盛期になったこともあって、実用から完全に外されたのでしょう。現在残っている九〇式機上作業練習機の写真は、金属製プロペラを装着した姿のものばかりです。

 ちなみに福和氏は九六式陸上攻撃機や零戦の製造に関与しており、零戦の52式への改良に関して功績があったとする海軍からの表彰状も残されています。福和氏は戦後に工場が閉鎖された後は、出征したまま消息が不明になった長兄(寄贈者の父。後に戦死が判明)の家族が暮らす実家の手伝いをして過ごし、結婚を機に、このプロペラを残したまま独立していきました。

(加藤和俊)

※本資料は1月21日(土曜)から3月5日(日)に開催する企画展「戦前を生きる」に展示します。

プロペラをかかえた男性の写真

MW35式プロペラ(安藤嘉且氏寄贈)