コレクション

名古屋の糸からくり玩具・・・からくり仕掛けのおもちゃ

 人間や動物を模した人形に、糸を連結させて動かすからくり仕掛けの玩具を「糸からくり玩具」と呼ぶ。これは、江戸時代に流行した人形芝居や見世物、祭礼に引き出される山車に乗るからくり人形に用いられた、からくりの技術を応用して作られたといわれている。江戸時代中期以降に作られはじめたとされる糸からくり玩具は、自分の手で動かして遊べるおもちゃとして当時の子どもたちの人気を集めた。

 とくに名古屋は山車からくりを特徴とした祭礼が盛んな地域ということもあり、多種多様な糸からくり玩具が生み出され、愛知県の郷土玩具のひとつ「名古屋糸からくり」として親しまれた。長い歴史がある名古屋糸からくりのなかでも、今回は昭和に伊藤はる氏によって製作された「牛若・弁慶」「餅搗き兎」「回りねずみ」を紹介する。

牛若・弁慶

うしわかまるとべんけいのからくりじかけのがんぐ

写真1 名古屋糸からくり「牛若・弁慶」

 名古屋東照宮祭で戦前まで引き出されていた9両の山車のひとつ「橋弁慶車」。この山車に乗るからくり人形の牛若丸と弁慶をもとにして作られたものが、名古屋糸からくり「牛若・弁慶」である。

 山車の上で描かれるのは、京の五条大橋で乱暴者の弁慶(武蔵坊弁慶)が千本目の太刀を奪おうと牛若丸(源義経)と戦うという有名な物語。惜しくも戦争で9両すべての山車が焼失したため、現在では実際の動きを見ることができないものの、「牛若・弁慶」を通してその様子を垣間見ることができる。

うしわかまるとべんけいのからくりじかけのがんぐ

写真2 名古屋糸からくり「弁慶」

うしわかまるとべんけいのからくりじかけのがんぐ

写真3 名古屋糸からくり「弁慶」

 まず弁慶は、袴の下にある横木を上下に動かすと、両手で持った長刀を大きく振り回す仕草をする。写真2、3で表したように、操作する横木の角度によって変化のある複雑な動きをみせるのだ。その要となるのは、肩の部分の糸と左右の腕の部品に用いられた2つの竹管である。どのような仕組みかというと、横木と長刀を連結させる糸が、引っ張られたり緩んだりすることで、肩の糸が肩関節のような役割を担い、また、腕の2つの竹管が肘関節のように屈曲や伸展をくりかえすことによって、長刀があらゆる方向に動くというものである。糸と竹管が生み出す柔軟な動きが弁慶の特徴である。

うしわかまるとべんけいのからくりじかけのがんぐ

写真4 名古屋糸からくり「牛若」

 そして、牛若が表現する動きは、橋の欄干に片足で立ち、弁慶の長刀をひらりひらりと舞いながら軽快にかわすというもの。足下にある竹弓を左右に引くように動かすと、弓弦が人形の軸を回転させ、くるくるくると回る仕組みとなっている。ごつごつとダイナミックに動く弁慶と、優雅に舞う牛若の対照的な動きが面白い糸からくりである。

 「牛若・弁慶」の一対は江戸時代末期から作られはじめたといわれる。また、明治末期ごろに「七間町の弁慶さんは眼玉ピーカピカ、お眼玉ピーカピカ回る回る牛若ハリワイサーノエーンヤ」と歌われた山車からくり「橋弁慶車」と合わせて、子どもたちから親しまれた。

餅搗き兎

名古屋糸からくり「餅搗き兎」

写真5 名古屋糸からくり「餅搗き兎」

 赤い着物を着た白兎が、杵を持って餅つきの仕草をする可愛らしい糸からくり。台座の下にある横木と兎の胴が糸で繋がれており、横木を上下に動かすと、1で兎は杵を持ち上げ、2で振り下ろす2段階の動きをする。台座には竹を輪切りにして見立てた臼があり、振り下ろした杵の先がちょうど臼の中に入ることで餅つきをする様子を表している。つくたびにカチカチと音が鳴るのも楽しい。

 餅搗き兎は江戸時代末期から明治時代初期の頃に作られはじめたといわれる。兎が餅をつくモチーフは現在でも人気があり、素朴で親しみやすい姿が印象的な作品である。

回りねずみ

名古屋糸からくり「回りねずみ」

写真6 名古屋糸からくり「回りねずみ」

 横一列に並んだ赤い尻尾の3匹のねずみがくるくると回る糸からくり。ねずみの軸がそれぞれ糸で横木と連結しており、横木を動かすとその軸が回転し、ねずみが回るようになっている。また、素早く動かすことによって摩擦が起き、キュキュとねずみが鳴いているように音を立てて回転する。

 回りねずみは江戸時代末期頃に作られはじめたといわれる。素早く動き回り、穀物などを食い荒らすネズミの習性を、可愛らしいおもちゃに仕立てた楽しい糸からくりである。

 糸からくり玩具は、題材となる人間や動物の特徴を、簡単な操作で表現できるように工夫された仕掛けが施されている。また、どのような仕組みで動くのかを直接観察しながら操作できることは、子どもたちの好奇心をかき立てるものだっただろう。

 庶民の生活に結びついた郷土玩具は人々の幸せを願い作られたものが多く、今回紹介した名古屋糸からくりも同様に、子どもたちに元気に遊んでほしいという願いや、子どもたちの健康を祈る気持ちが込められているのではないだろうか。

(臼井裕香)

※本資料は常設展示しておりません。あしからずご了承ください。

参考文献

  • 伊勢門水『名古屋祭』川瀬代助1910
  • 亀井鑛『東海の郷土玩具』中日出版社 1979
  • 鎌田道隆 安田真紀子『普及版 江戸時代で遊ぶ本 からくり玩具をつくろう』河出書房新社2002
  • 斎藤良輔編『郷土玩具辞典』郷土玩具辞典東京堂出版 1971
  • 武井武雄『日本郷土玩具 東の部』地平社書房 1930
  • 名古屋市博物館編『特別展 からくりー見る・作る・遊ぶー』同展実行委員会事務局 2007
  • 畑野栄三『全国郷土玩具 ガイド2』婦女界出版社 1992