コレクション

衣服雛形

40センチメートルほどの振袖のひながた

写真1 振袖の雛形

 写真で見るこの着物はじつは長さ40㎝くらいしかない。一見人形の衣装と見紛うこの着物は、裁縫練習用に作られた雛形である。

雛形とは

 衣服雛形は、和裁に使う鯨尺(くじらじゃく)をおよそ三分の一に縮小した「雛形尺(ひながたざし)」というものさしを使って作ったものだ。着物の仕立てを練習するときは雛形尺で作り、雛形尺から鯨尺に持ち替えて同じように作れば普通サイズの着物ができるというわけだ。練習用に使う布や糸が少なく実践的な練習ができるという利点がある。
 この練習法は、明治7年(1874)に千葉県出身の渡邊辰五郎氏(1844-1907)によって考案された。彼は明治14年に和洋裁縫伝習所(のちに東京裁縫女学校に改称。現在の東京家政大学)を創設し、全国から多くの女性たちが集まりそのやり方を学んだ。明治34年の入学生徒数を見ると47都道府県中沖縄を除く46都道府県からの入学生徒がおり、567名中愛知県では23名入学している(『私立東京裁縫女学校一覧』より)。現在の椙山女学園の創始者椙山正弌(まさかず)氏は渡邊氏からその教育法を学び、名古屋裁縫女学校を創設している。同じように、卒業生は地元へ帰ってそのやり方を活かし裁縫の技術を他の者へと伝播しただろう。

館蔵の衣服雛形

 博物館には5名の女性が製作した衣服雛形がある。名古屋裁縫女学校(明治38年創立)で製作した者が2名、豊橋裁縫女学校(明治35年創立、現在の藤ノ花女子高等学校)で製作した者が2名と、地元の裁縫の先生に教わったという者が1名で、製作時期は明治40年ごろから昭和初期にかけてである。

まざまな種類の衣服雛形

写真2 1人の女性が作った衣服雛形

 1人で製作する数は40~55種類で内容も多岐にわたっており、見ているだけで楽しい。(写真2)雛形の多くは作られたものの名称の名札が付けられている。着物・袴などの和服はもちろん、シャツ、西洋前掛(エプロン)などの洋服、夜着や蚊帳などの布製品もある。人によっては水干や狩衣・素襖などの公家や武家の衣装もみられ、実用としてでなく、裁縫技術の保存としても作られていたようだ。「改良服」という今では一風変わったものもある。
 (写真3)改良服については、渡邊辰五郎が明治36年(1903)に『婦人改良服裁縫指南』を出版し紹介している。雛形の改良服をみると、上下が分かれており、上衣は袖口をしぼった細い袖、下衣は袴もしくはスカートのような形になっている。明治30年代は医者や教育に携わる者などが和服を改良した衣服を考案した。女性の社会進出する機会が増え、衣服も着物ではなく動きやすいものが求められていた。雛形を通して、そんな時代の様相も知ることができる。

上下に分かれた衣服

写真3 改良服

 生地はおもに木綿で、手縫いが多いが、洋服などはミシンで縫われたものも一部ある。雛形はおそらくいらない着物や布ぎれが使われたのだろう。袴の雛形と同布で、実物大の袴の切れ端が残っているものもあり(写真4)、1つの袴からは3種類の袴の雛形を作ることができたとがわかる。

袴の雛形と袴の切れ端

写真4 袴の雛形と袴の切れ端

裁縫上達への願い

 衣服雛形を製作した方の孫にあたる女性(昭和初期生まれ)によれば、ご自身の通っていた学校では「学校の先生は嫁にいきやすいように裁縫の点数を高くつけてくれる」という噂があったという。裁縫の技量の良し悪しは女性にとって人生にかかわることだった。そんな女性の裁縫上達を願う気持ちがわかる道具が博物館には残されている。(写真5)
 鯨尺は着物を作るときのものさしであるが、この裏には「あさひめの 教へたまひし からころも たつたびことに きそぎますかな」という歌が墨書されている。同じような歌が『女大学教草』(天保14年[1843])にある。「あさひめの 教はじめし からころも たつたびごとに よろこびぞする」。『女大学教草』によれば、布を裁つときの唱え歌だという。上手に着物を作るために込められたおまじないといえる。

裏面に唱え歌が書かれた鯨尺

写真5 鯨尺

 小さな布地で着物を縫うのは実物サイズで縫うよりも細かく難しい。しかし衣服雛形は細部まで丁寧に作られている。当時の女性たちはどんなことを思いながら作っていたのだろうか。今では聞くことはできないが、当時の女性たちが裁縫の技術習得に尽力していたことは、資料を通して確かだとわかる。

 (佐野尚子)

610-1 衣服雛形 明治42年製作   43点

610-8 衣服雛形 明治40年ごろ製作 56点

610-9 衣服雛形 明治製作 50点

610-11 衣服雛形 明治末期~大正製作 44点

610-12 衣服雛形 昭和初期製作    47点

※本資料は常設展示しておりません。あしからずご了承ください。

参考文献

東京家政大学博物館編 『重要有形民俗文化財 渡邊学園裁縫雛形コレクション』 東京家政大学博物館 2001
難波知子『学校制服の文化史―日本近代における女子生徒服装の変遷―』創元社 2012