コレクション

清原雪信筆 源氏物語 橋姫図

清原雪信について

 清原雪信(きよはらゆきのぶ 生没年不詳 1643-1682か)は、近世に活躍した数少ない女性画家のひとりである。父は、狩野探幽(1602-1674)門下の久隅守景(生没年不詳)、母は、同じく探幽門下の、神足常庵(生没年不詳)の娘であり、雪信は初め絵を探幽に学んだと伝わる。

名古屋市博物館所蔵「源氏物語 橋姫図」

 今回紹介する作品は、雪信が得意とした画題である『源氏物語』のうち、光源氏の子、薫を主人公とする宇治十帖の「橋姫」の一場面を描いたものである。

川辺の邸宅で十二単姿の女性ふたりが月空を見上げる様子

源氏物語 橋姫図

 光源氏の異母弟に当たる八の宮は、政争に巻き込まれて失脚したのち、宇治の山荘に隠棲していた。八の宮に敬意を抱いた薫は、宇治に通うようになる。ある晩薫が宇治を訪れると、八の宮の姫君たち、姉の大君と妹の中君が、箏の琴と琵琶を合奏していた。雲に隠れていた月がにわかに現れると、中君は「扇ではなくて、琵琶の撥でも月を招くことができたわ」と大君に戯れかけ、大君は「夕日を返す撥の話は聞いたことがあるけれど、変わったことを思いつくものね」と微笑み返した。その様子を垣間見ていた薫は、思慮深そうな大君に想いを寄せるようになる。

十二単姿の女性ふたりが琵琶と琴をかかえて座っている様子。

中君と大君

 山荘の邸内には、合奏する大君と中君を描く。物語本文に記される通り、中君は手に琵琶の撥を持ち、大君は琴にもたれかかっている。人形のように愛らしい人物を、繊細な筆致で迷いなく描いている。屋台の手前には土坡と松樹が配され、庭先には菊、撫子、藤袴、薄といった秋草が咲く。遠景には、輪郭線を用いない、いわゆる没骨体の山水や外隈の月を描き、その対角線上に建物と人物を配するが、この画面構成は、雪信の物語絵の定型的な様式である。

川が流れ秋草が咲く庭先の様子

庭先の景色

雪信による橋姫図

 雪信による橋姫図は複数伝存しているが、構図はそれぞれに異なっている。

 「橋姫」における合奏の場面は、国宝「源氏物語絵巻」以来描き継がれており、姫君二人と伺候する女房や童、垣間見する薫を描くのが伝統的な図様である。雪信最初期の作で、探幽の源氏絵の影響が指摘される「源氏物語画帖」(徳川美術館蔵)は、伝統的な図様を採用している。

 本作と人物や景物の配置がよく似通う「橋姫図」(尼崎市教育委員会蔵)も伝存するが、本作品とは異なって、柴垣の裏から垣間見する薫が描かれており、伝統的な図様が未だ強く意識されている。また、尼崎市本の水流は、明らかに宇治川を意識して描かれているが、本作品で描かれる水流は庭園の遣水のように控えめである。

 さらに、薫も大君もおらず、撥を持った中君だけが描かれる「橋姫図」(石山寺所蔵)もある。こちらは従来の図様に工夫を加えていることや、落款の形式から、上記二作品よりも後年の制作と考えられるが、人物や樹木の表現はやや硬く、本作品よりは先に描かれたと推測される。

 本作品の中で、物語の主人公である薫を描かずに、舞台である宇治川の景色を省略しているのは、物語の内容よりも、秋の情趣を表すことに主眼を置くためであろうか。雪信は様々な工夫を凝らし、時には注文主の要請に応えながら、この画題を消化し、自分のものとしていったようだ。

(藤田紗樹)
館蔵(255-9) 絹本著色 縦36.5cm×横54.4cm 江戸時代前期《寛文11年(1671)以降か》

※本資料は常設展示しておりません。あしからずご了承ください。