コレクション

中林竹溪筆 琵琶湖真景図

山の上から眺めた琵琶湖の景色を描いた絵画の写真

琵琶湖真景図 江戸時代後期 館蔵

中林竹渓なかばやしちっけい (1816-1867)は幕末の京都で活躍した画家。名古屋生まれの文人画家・中林竹洞なかばやしちくとう(1776-1853)の息子である。今回は館蔵品の「琵琶湖真景図びわこしんけいず」を紹介したい。

中林竹溪とは

 頑固者で他人に心は開かない。荒唐無稽な奇行で知られ、酒の失敗も数知れず。『古今中京画談』等が伝えるところによると、中林竹溪は相当接しがたい人物であったらしい。名古屋から上京し成功をおさめた竹洞は、息子にも大きな期待を寄せ、手塩にかけて育てあげた。その甲斐あって、竹溪は画家としての才能を開花させるが、放逸なふるまいには竹洞も手を焼いたようだ。

描かれた場所

 ところが、竹溪の描いた作品を見ると、伝えられる人物像とはやや異なる印象を抱くことになる。本作「琵琶湖真景図」もその好例で、琵琶湖の風景を繊細かつ丁寧に描いており、青々とした湖面がとりわけ美しい作品だ。画面左下の山が起点となり対岸にかけて湖面を見渡す、また手前の街並みを見下ろす様を表現している。対岸にそびえる山は、近江富士の異名をもつ三上山みかみやま。そこから右端へとつづく赤茶けた山々は、伐採のために当時はげ山となっていた田上たなかみ地区。家屋が軒を連ねる場所は大津の街並み、右端にかすかにのぞく城郭は湖上に築かれた膳所城ぜぜじょうであろう。本作品のタイトルとなっている真景図とは、必ずしも現実の地勢を正確に写し取るものではなく、山水画の伝統的表現や思想を意識した絵画ジャンルの呼称であるが、おおむね琵琶湖南端部の西から東を望んだ風景が収められていると判断できよう(地図参照)。琵琶湖という主題については、近江八景という特定の名所を描いた絵画が当時人気をあつめていた。しかし本作では、八景のような特定の名所に注視する意識は低く、琵琶湖全体の自然な眺望が意図されている。

比叡山・大津・膳所城・田上地区・三上山を囲んだ四角が書かれた琵琶湖周辺の地図

画家竹溪の「ワザ」

 竹溪は、出不精の父と異なり、よく旅をした。各地の風景を目にした経験が本作にも反映されているかも知れない。手前の山肌には、濃い墨を用いて細かなタッチを重ねるのに対し、対岸の山々については薄い墨や藍を平面的に塗布する。自然な奥行きを持った描写を、濃淡や筆づかいを巧みに操作することで実現しており、鑑賞者は琵琶湖を目の当たりにしたような気分になる。画面に対峙すれば、きらきらと湖面にかがやく陽光のまぶしさ、おだやかに湖面を吹き渡る涼風がおのずと体感されるであろう。