コレクション

日本図世界図屏風

左側にユーラシア大陸とアフリカ大陸、右側に日本列島を描いた一隻の屏風の写真

日本図世界図屏風 江戸時代初期 館蔵

世界図に書き込まれた地名を活字化した図

世界図に書き込まれた地名

 安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、世界観の広がりとともに世界図屏風が作成されるようになった。屏風に描かれた世界図はヨーロッパ製世界図を原図とした南蛮図の系統と、中国明代のマテオ・リッチ作坤與万国全図の系統があるが、この屏風はそのうち南蛮系である。南蛮系世界図屏風は現在十数例知られている。本屏風は南北アメリカ大陸が描かれていない「旧大陸図」と称される図の1つである。日本図は世界図とのバランス上異常に大きく描かれている。これは、ふつう一隻ずつ描かれる世界図と日本図を、同じ比重で同一画面に描いたためであろう。本図のように、世界図と日本図を同一画面に描いた屏風は類例がない。

 日本図は、いわゆる行基図とよばれる図であるが、九州に有明海が湾の形で描かれるなど行基図よりやや進んだ形になっている。各国ごとに色分けされ、国名が記されている。国名以外の地名として「津軽」、「そとのはま」、「白川の関」、「会津」などがある。これらは奥州に集中しており、あるいはこの屏風の系統や伝来を考える材料になるかもしれない。このうち、「そとのはま(外ヶ浜・率土ヶ浜)」は、津軽半島付近の伝説的な地名である。日本の隅々という意味で「東は奥州外ヶ浜、西は鎮西鬼ヶ島」などのように慣用句として使われることが多い。薩摩南方に「島」「同」とあるのが「鬼ヶ島」のつもりであろうか。

 世界図も日本図と同じく、国ごとに色分けされているが(写真参照)、国ごととはいえない部分もある。地名も多数記されているが、東アジアとヨーロッパ以外は現代地名に比定できないものが多い。特にシベリア地方にある「かこなみ」・「あてる」・「こひちやん」などの地名は、他の世界図屏風にも見あたらない。

 右側の「大日本国中目録」は日本の国名、郡名の一覧で、室町以後の行基図型日本図にしばしば付随しているものと同様である。左側の「将軍執柄之次第」は鎌倉、室町両時代の各将軍の名と享年、没年、在世年を載せ、さらに信長、秀吉を加えている。最後の「万々世」は、徳川家の世となり万代続くという意味かもしれない。この歴代将軍一覧はこの屏風独自のものであるが、絵図本体や右の国郡名一覧とは異筆である。

 なお、この屏風は伊藤次郎左衛門家伝来で、箱の側面に墨書で「伊藤家 天保十三歳壬寅初秋造之」とあり、伊藤家がこの屏風を入手した年を示すのかもしれない。また、徳川美術館出陳の際の感謝状(昭和12年4月20日付)が付属しており、この年初めて一般に公開されたようである。

日本図世界図屏風 江戸時代初期 六曲一隻 68㎝×245㎝ 購入資料