コレクション

えんこうあんのほんこれくしょん
猿猴庵の本コレクション

猿猴庵の本コレクションとは

 名古屋市博物館には、江戸時代後期の名古屋の様子がビジュアルでわかるすぐれた資料群がある。尾張藩士、高力猿猴庵(こうりきえんこうあん 1756~1831)が絵入り本で記した、祭り、見世物、開帳など、娯楽や話題になった事件の記録がそれで、そこには、城下の賑わいが生き生きと描写されている。

 猿猴庵の本名は種信(たねのぶ)といい、知行(ちぎょう)300石の中級クラスの藩士である。藩士としては目立った役職につかず、生涯の大部分を著作活動に費やした。猿猴庵の著作の特徴は、実際の情景を描いた挿絵と具体的な解説文にある。絵と文章がそろった彼の記録は、貸本屋などでも公開され、江戸時代の人々にとって、新聞、雑誌、テレビのようなメディアでもあった。そして、その記録は、現代の我々にとっても、江戸時代後期の庶民文化を知る上で非常に重要な資料なのである。

 名古屋市博物館では、猿猴庵作品の収集に力を注いでおり、約30種のコレクションとなった。江戸時代の庶民文化をテーマとした展示では欠かせない貴重な資料である。

猿猴庵の著した絵入り本の数々

猿猴庵の著した絵入り本の数々

市民に親しまれる猿猴庵コレクション

 展示だけでなく、猿猴庵コレクションは、博物館の様々な活動の中で活躍している。誰でも猿猴庵を楽しめるようにと、平成13年より、原寸大のカラー写真と解説を加えた名古屋市博物館資料叢書3「猿猴庵の本」シリーズの出版を開始した。

 これは、一年に一冊のペースで順次発行しており、現在、20冊を刊行している。本を手にとり、ページをめくることで、江戸時代の庶民が楽しんだ世界を誰もが身近に感じることができるのだ。

 江戸時代の見世物興行を記録した『新卑姑射文庫(しんひごやぶんこ)』を例にみよう。江戸時代後期の文政年間に細工見世物が流行する。本書には、竹で編んだ籠細工が登場する。文政2年(1819)に七寺(ななつでら)(中区)で行われた興行で、色彩豊かな籠細工の図の他に、作品解説を務めた口上(こうじょう)の地口(じぐち)(だじゃれ)も書きとめられる。まさに「猿猴庵の本」を通して、江戸時代の見世物小屋が体感できるのである。

新卑姑射文庫

新卑姑射文庫

猿猴庵コレクションを資源に -伝統をつなぐ-

 猿猴庵コレクションを活用した事業はまだまだある。猿猴庵の記録を基に伝統を受け継ぐ試みである。

 『嵯峨霊仏開帳志(さがれいぶつかいちょうし)』は、文政2年(1819)に城下、西蓮寺で行われた京都清涼寺の出開帳の記録だが、この開帳の折に屋台で販売された「かばやき餅」がある。平成19年の特別展「大にぎわい城下町名古屋」では、この餅を博物館で再現した。猿猴庵資料には、見るだけでなく、食べて味わう楽しみもあるのだ。

かばやき餅

かばやき餅

 また、東海地方には、60年に一度流行するお鍬祭り(おくわまつり)という祭礼がある。伊勢信仰と関連し、豊年を予兆(よちょう)して行われる祭りだが、平成19年の流行時には、運営の手がかりとなる資料が祭り開催予定の地域に残っていないという問題が発生した。「一生に一度の祭り」を伝えるピンチを救ったのは猿猴庵の『御鍬祭真景図略(おくわまつりしんけいずりゃく)』だった。博物館では、資料を基に造り物や仮装ではなやかに彩られた祭り行列を再現するイベントを催したが、実際に祭りを行った多くの地域がこれを参考にしたという。

御鍬祭真景図略

御鍬祭真景図略

博物館が再現したおたふく行列

博物館が再現したおたふく行列

 展示で見るだけでなく、猿猴庵資料は、江戸時代を今に伝え、伝統を未来へとつなぐ貴重な文化資源として、博物館でがんばっている。この機会に「猿猴庵の本」を手にとってみてはいかがだろうか。

(武藤真)