コレクション

ぎょはもんのあるこせと
魚波文のある古瀬戸

魚波文瓶子(ぎょはもんへいし)

ぎょはもんへいし
魚波文瓶子

 魚波文瓶子は、右向きの3尾の魚が胴部を回るように描かれている。輪郭と鰭をヘラ描きするが、鰭の表現がやや簡略である。頸部直下に蓮弁状の文様、胴下部に剣状文と四角文が施され、それ以外を大小織り交ぜた躍動感ある青海波文で埋め尽くしている。これほどまでに器面を文様で埋める例は少なく、この資料の大きな特徴となっている。灰釉は器面全体に厚く施され、一部が縦に流れるため濃淡のある黄緑色となっている。

 この瓶子は、明治23年(1890)に、岩手県一関市の「王檀」と呼ばれる塚から出土した蔵骨器であると言われる。この塚は、長さ45メートル、幅19メートル、高さ3メートルを超え、再調査の際に出土した人骨から60歳以上の老齢男性が葬られていたことがわかっている。奥州の有力者の墓であったのであろう。こうして瀬戸から遠く離れた東国まで伝えられ、蔵骨器として使用されたことがわかるという点でも重要である。

魚波文四耳壺(ぎょはもんしじこ)

ぎょはもんしじこ
魚波文四耳壺

 魚波文四耳壺は、均整のとれた壺の肩部に四つの耳をもつ。耳の下方を、左向きの3尾の魚が胴部を回るように描かれている。輪郭と鰭をヘラで大胆に描き、目や鱗は管状の工具を押しつけて文様とする。

 魚の下には波が描かれ、のびやかに泳ぐ様子が表現されている。淡い黄緑色の灰釉が器面全体に塗られるが、胴の下半で縞状に流れ、素地が見える部分もあり、変化をもたらしている。

 岐阜県の清水山中世墓から出土したもので、火葬された骨を入れて埋葬する蔵骨器として利用された。

 四耳壺も瓶子も、本来は酒や水などの液体を入れる容器であるが、中世においては蔵骨器として多く使われた。上記の2例は、その出来栄えからしておそらくは特注品であった。「魚」は、中国語の発音が「余」に通じること、魚は子だくさんであることなどから、中国では吉祥的な意味を持って陶磁器の文様として好まれた。中国の焼き物に倣った瀬戸においてもそうした意味をこめてつくられたのであろうか。

(瀬川貴文)

魚波文瓶子

重要文化財 鎌倉時代後期 瀬戸製 伝岩手県一関市老松町出土 高35.5cm 口径9.7cm

魚波文四耳壺

愛知県指定文化財 鎌倉時代後期 瀬戸製 岐阜県揖斐郡揖斐川町清水山中世墳墓出土 高31.6cm 口径11.5cm