展示

常設展フリールーム

誰かが家にやってくる

令和5年5月24日(水曜)から6月25日(日曜)

 日々生活をしていると、折を見てさまざまな人が家に訪れます。ご近所さんや親しい人、配達員や販売員、ときには目に見えない神や霊もやってきます。どんな訪問者が、いつどのような目的で家に訪れているのでしょうか?

ご近所さんがやってきた

 常日ごろ顔を合わせやすい隣近所の住人は、困ったときに助けを求めることができる存在です。援助は一方向ではなく、訪れる者は贈答品を用意し、迎える側はご馳走をふるまうなどして、お互いが釣り合うように配慮しました。それは良好な関係を保つため、ひいては自身の生活がよりよくなるための生活の知恵でもあります。

 また、近隣の人々が行事のために訪れることもあります。神仏をまつる講では、特定の家に寄り合い、食事をともにします。年中行事では、たとえば十五夜では、お供えしている団子は誰でも持っていってよいとされており、子どもたちがお供え物(いまはお菓子)を目当てに家々を訪ねて回るという地域もあります。

薬売りがやってきた

 薬売りは各家に年に1、2度訪れて薬を置いていきます。専用の薬箱を各家庭に置いて薬を入れておき、訪れた薬売りが薬の減り具合を確認して減った分だけ代金を請求し、新たに薬を補充しました。富山の薬売りが有名で、むかしは大風呂敷を担いでやってきたそうです。情報伝達が未発達だったころは、地域のニュースを運んでくるため文化交流の担い手にもなっていました。

 薬売りのほかに、終戦して間もないころやスーパーマーケットがなかったころには、魚売りや古新聞などの不用品を集めるくず屋、包丁やはさみの研ぎ屋など、さまざまな行商人が訪れていたといいます。

引き出し式の赤い薬箱と小袋に入ったさまざまな薬

薬箱

お嫁さんがやってきた

 いまでは式場やホテルなどで行なう結婚式ですが、家で執り行なっていたむかしは、花嫁が婿方の家に入ることを意識づけるような慣習がありました。婚礼当日には、嫁入行列を行なったり、花嫁が婿方の家に入ったときにその草履の鼻緒を切って屋根に上げるまじないをする事例が見られました。また、近隣の人々へは、行列を見に集まった機会に菓子を配りました。婚礼翌日には、エリゾロエ・エリカザリなどといって嫁入道具を座敷などに並べて披露することがありました。新しくきた花嫁を地域全体で祝うとともに、これから生活する地域の一員として認識する意味を持っています。

庭先にいくつも並べられた豪華な着物

大正6年(1917)のエリゾロエの様子

年神さまがやってきた

 新年をむかえる正月には、しめ縄をかけ、鏡餅を供え、門松を立てるなど家のなかを飾り、また大晦日の夜は寝ずに過ごし、元日には雑煮・お節を食べるなど特別な行動をとります。これらは年神(としがみ)(歳徳神:としとくじん)を家に迎える一連の行事です。いまでは、その意味も薄れてきてはいますが、年神は大晦日の晩に訪れると考えられており、年神をまつって供物をささげ、年神と共に食事をすることで、神の力を得て新しい年を過ごすという意味を持っていました。

万歳・獅子舞がやってきた

 各家の門口で芸能を披露する人々が、ときにやってきます。

 万歳(まんざい)は、太夫(たゆう)と才蔵(さいぞう)という2人1組が、正月に家々を訪れて祝言を述べ、初春を祝いました。これを門付けといい、『新修名古屋市史 第九巻民俗編』によれば、名古屋へは知多万歳や三河万歳が家々を訪れていたといいますが、現在では見られなくなってしまいました。

 獅子舞は、伊勢大神楽(いせだいかぐら)が名古屋市内では限定的ですが、名古屋市博物館近くにある瑞穂通商店街周辺の家々に、毎年4月にやってきます。伊勢大神楽は、畿内を中心に各地を巡回する獅子舞による門付け芸です。獅子舞が笛・太鼓などとともに家を訪れて、玄関先や台所などでかまど祓いを行ない、火伏せのお札を授けます。特別なときには、余興として曲芸が披露されることもあります。

店先で舞を披露する獅子舞

伊勢大神楽の様子

ご先祖様がやってきた

 旧暦7月13日から15日を中心に行なわれるお盆は、家に先祖の霊(オショロイサマ)を迎える行事です。13日に迎え火を焚いたり墓参りをしたりなどして霊を迎え、15日に送り火や供物を川に流すなどして送ります。行事の内容は、期間中決まった料理を供えたり、先祖の乗り物としてナスで作った馬を供えたり、宗派や地域によってさまざまです。亡くなった人を初めて迎える盆(新盆 はつぼん)では、家まで迷わないようにと特別な行事をすることもあります。守山区では松明を108か所、道すがら焚いて家までの道を示すという事例が報告されています。

1枚が手のひらに乗るほどの小皿15枚

オショロイサマにお供えするための皿

お友達がやってきた

 今では少なくなりましたが、昭和のころには絞り染めを産していた緑区有松・鳴海を中心に、南区や瑞穂区などで、糸の括(くく)り作業の内職がさかんに行なわれていました。括り作業とは、絞り染めをするため布に糸をかけていく作業で、女性が従事していました。近所でしている人も多く、仲の良い人同士で一軒の家に集まって、みんなで作業していたといいます。ときには同世代の男性も遊びに訪れることがあり、楽しい交流の場にもなっていました。

招かれざる客

 いろいろな訪問者のなかには、来てほしくないものもあります。招かれざる客は、泥棒や鼠などの実在するものと、雷などの自然現象や病気や災いなど目にみえないものが挙げられます。それらが家に入ってこないように、社寺の護符や祭りの授与品などを家の門口などに掲げて祈願しました。

赤や白に色づけした馬のおもちゃ

龍泉寺の首馬 ネズミ除けとして養蚕農家が買い求めた

 さまざまな訪問者から、日々の暮らし向きや交流関係、信仰が見て取れました。それらの訪問者に対するいくつもの慣習や儀礼は、訪問者との結びつきを強くするもので、よりよく暮らしたいという人々の願いが根底にあることを物語っています。

 ここで紹介した事例には、いまではあまり行なわれなくなったものや廃れてしまったものも含まれています。生活様式や世情の変化から、訪問者の様相も変化していくことでしょう。家にどんな訪問者がやってくるのか、それは現在の暮らしを表わす一つの指標といえます。

 いま、あなたの家にはどんな人がやってきますか?