コレクション

思い出の絵はがき むかしの名古屋

都市のおもかげ

駅前の風景

 明治19年(1886)、名古屋に鉄道が敷かれ、当時、西の町はずれだった笹島(中村区)に停車場ができた。東海道線は明治22年(1889)に全通し、この鉄道敷設を機に名古屋は急速に近代化していった。

広小路

 明治20年(1887)、近世以来の市街地である碁盤割地区(中区)と停車場を結ぶ道路が、広小路通りとして拡幅整備された。明治31年(1898)、名古屋で最初の路面電車が開通し、名古屋随一の繁華街を形成していった。

納屋橋

 大正2年(1913)、広小路通りが堀川を跨ぐところに架かる納屋橋(中区)は、アールヌーボー様式によるモダンな橋に架け替えられた。5月5日には、このような当時最先端のデザインで建設された納屋橋の開通式典が行われた。

洋風建築

 明治後半、名古屋市内には碁盤割(中区)を中心に、デパートをはじめ洋風建築が次々と建っていった。

デパートと盛り場

 再開発された市中心部は、明治43年(1910)3月5日に開業した「いとう呉服店(松坂屋)」(中区)をはじめ、デパートが立ち並び集客力を増していった。一方、南寺町の大須門前(中区)も江戸時代以来の歓楽街としてにぎわっていた。

名古屋港

 熱田海岸(熱田区)は中世から宮の渡しで知られた港だったが、大型汽船の接岸ができなかった。大規模な浚渫と埋め立てにより、明治40年(1907)に名古屋港(港区)が開港し、日本を代表する貿易港となった。